「カメラマン澤田教一が伝えたこと」が明日放送


エッセイ

NHKのドキュメンタリー番組「あの日 あのとき あの番組」で澤田教一が取り上げられる。

放送はNHK総合で明日6月25日(日) 午後1時50分から70分間。
(一部地域では7月1日(土)午前1時40分~2時50分[6月30日(金)深夜]放送予定)


澤田教一の肩書は報道写真家となっているが写真家生涯のほとんどをベトナム戦争に捧げ そして1970年にカンボジアのプノンペン近郊で散った戦場カメラマン。

当時のベトナムにとって日本人はけっして受け入れやすい対象ではなかっただろうから ただでさえ地獄の地での写真撮影は困難を極めたのではないだろうか。
(太平洋戦争時代に日本はベトナムを侵略していて今でも年配のベトナムの人は、その事を心の中に留めている)

そんな中で撮られた写真は5万カットに渡るという。

この膨大なフィルムから何が語られるのだろうか。


[独り言]
今から40年ほど前 写真に興味を持ち始めた頃は戦場写真家になりたいと思っていた。

澤田教一が世を去った1970年のとき私は5才。

ベトナムのサイゴン(現ホーチミン)が陥落しベトナム戦争が終結したのは1975年で当時私は10才。

ベトナム戦争については1979年に中学で学んだ。

当時学校の図書館でベトナム戦争に関する書籍を幾つか見た。

澤田教一が撮ったものではないと思うが米兵が半身になったベトナム兵の死体を持ち上げ笑いながら写っている写真が衝撃だった。

キリスト教国で「右の頬をぶたれたら左の頬も差し出せ」と教えを受けている筈の者たちが何故そんな残酷な事が出来るのかが不思議だった。

その時に知ったベトナム戦争には『人が生き社会・経済活動をする本質を知ることができるのは戦争』と思わせられた。

結果的には戦地に行くことは叶わず日本で生活する幸福にあやかることになった。

近代において70年を超え他国と戦争を交えずに済んでいる日本で生活できている事の有難さを感じる今日この頃。

澤田教一から改めて何を教えてもらえるのだろうか。


追申

シリア内戦を巡って欧州・中近東・米国・ロシア・組織に渦巻く思惑。

手を組んだり、手のひらを翻(ひるがえ)したり、牽制し合ったり。

争いが極まった時、隠そうとしても隠しきれない悪の部分が見え隠れする部分に人間の性が垣間見える。
[以上 独り言]


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この記事へのコメント

  • と〜ちゃん

    こんばんは。いつもフォトフェスさんの紹介でTV番組やグッズ等参考にさせていただいております(^^)

    米軍兵士の残虐さには往々にして目を覆う様な事があり同じ事を考えた事がありますが、背景には米軍と言う組織の背景的要素が多いのでしょうか?(多人種、多民族国家等)

    ところで「右の頬をぶたれたら…」はキリスト教だったかな?と調べ直したところぼくの覚え違いもさる事ながら完全無抵抗主義の教えではないのですね? 勉強になりましたm(_ _)m
    2017年06月24日 22:24
  • フォトフェス

    お返事:と~ちゃんさんへ

    いつもコメントを頂きありがとうございますm(__)m
    また返事が遅くなりすみませんでした。

    >(多人種、多民族国家等)→永遠の課題とも言える難しい問いですね。

    >「右の頬をぶたれたら…」について 確かに説明が不足していました。
    おっしゃる通り完全無抵抗主義ではなく平等な立場を取るための自尊心的行動≒ひいては「誰もが平等」という教義とし引用しておりました。


    念のため この場を借りて「右の頬をぶたれたら…」の詳細は、

    (普通右利きの)立場が上の者が下の者をぶつとき右手の裏で 叩き神聖な手のひらを汚さない様にする。

    なので叩かれる方は左の頬ではなく右の頬がぶたれる。

    それに対し左の頬を差し出せば右の手のひらで叩く必要が出るため 叩いた瞬間に互いは対等(平等)な立場になる

    です。
    2017年06月28日 16:40

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